「終わる」ということ

幼い頃からなにかが「終わる」ことに、焦燥感を感じます。
大好きなドラマの最終回、家族と遊園地へ出かけたあと、恋人と別れたあと…
そんなことありませんか?

なんだか寂しいような、自分だけ取り残されてしまったような。
よく心にぽっかり穴があく、という表現がありますが、まさにそれなんです。
これからもずっと続く、という永遠というものを信じているからなのかもしれません。
若い頃はみんなその感情があると思っていましたが、
成長していくにつれ、だれもが感じていることではないことを知りました。
この感情はなんだろうと、よく考えていました。

始まりのあるものには終わりもくる。
生きているものに必ず訪れる「死」。
もしかしたら私は幼い頃からずっとこれを意識していたのではないでしょうか。
今まで続いていた出来事が終わってしまう怖さにただ怯えていました。
終わりがこなければいいのに、と。

でも気づいたのです。
必ずある、終わり。
絶対に避けて通れない道だけど、何事にも終わりがあるから綺麗なんだと。

例えば永遠があったとしても
いつまでも続くから寂しくないなんて、本当にそうでしょうか?
ずっとずっと生きられるとして、幸せなんでしょうか?

永遠があったら…
そしたら私たち人間はまた永遠に対して文句を言うんでしょうね。
ないものねだりをするのが人間なんですね。

そう考えるとこの焦燥感も生きてる証拠だと思えるし、
なんだか悪くないなって思えるようになりました。
人間はこうやって死と向き合っていって
今後の人生どうやって生きていくか考えて
そして自分に死が来た時にその焦燥感達を思い出して人生を振り返るのでしょう。

その焦燥感こそが生きてきた足跡となって
最後に幸せだと感じられるものになるのではないでしょうか。